通信-08年1月20日 
Monday, January 21, 2008, 16:36
(2008.1.20 pm5:57受)
 
アヲキ キヨ
モノフ ノ ヨ
イカ ツチ
フリ オロス
サタメ ナリ
ウキ ヨ
ウキ ヨノ
イカ ツチ
オロシ
ウバイタ
モノ カラ
カイ シウ
サタメ
オワリ ナキ
ヨノ
オワリ
サタメ
ウヰ(イ?)
タメ
オハラス
ハラヰ(イ)
イソキテ
フルマヰ(イ)
ナル
イクタマ
ナルホ
ミノユヘ
シラズハ
オノズノ
モノニ
ヘンゲ スル
スガタノ カタチ
ナルヲ
サタメタ モノ トハ
ナニ モノ ソ
ツクラレシ
マミヘタ
モノ トハ
ナコソ ナリ
スガタ ウツスハ
アナ ユルシマジキ
コト
ウコカヌ モノト
ウコク モノ
ハコノ ナカニ
アルモノ ハ
ソノヨフニ
ブンリホ
サレル モノ
ウチフノ
ソセヒノ
ハタラキ
ナリ
クラヤミト ナリ
タダヨフ モノ
ミヅカラガ
ウコキハタラキ
ツクル モノ
アイ ハンスル
チカラニ
オシモトサレナカラ
ツクリ
ヂカン トトモニ
セイチョウホ
トゲル モノ
ソノ ハタラキ ホ
シメスル モノ カ
ウチフ ノ スカタ
テ アリ
ソノ カケラホ
タツサヘル
ヒ ト
テ アル

(2008.1.20 pm6:22受)
 
タタカヒ ホ(ヲ?)
オヘルマテ
カヰホウヲ
サレルコトハ
ナヒ
ミヅカラ ガ
タタカフ モノ ト
ナル ノカ
アルヒハ
ニケル モノ ト
ナル ノカホ
キメナケレハ
ナラナヒ
キメル ノハ
ソノ チフシンニ
アル ハツノ
モノ
ソレカ ミヘヌ モノ
トハ
ミツカラカ
ミツカラ テ キメ
テハナシタ モノ
ミツケル コトノ
テキヌ モノ ハ
イツ トコテ
テハナシタノ カホ
ミツカラ カ
シリ ヘル シカ
ミチ ハ ナヒ
ウコケヌ モノハ
オヒテ ユク
ヂ(ジ?)カンノ
ユフヨ ハ
ノコサレテハ
イナヒ
クルモノハ
コハマス
サルモノハ
オハナヒ
トハレテ イルノハ
ソノ イシ
ノミ タカラ
テ アル
イクタヒノ
ヨヲ コヘテ
ヨウヰ カ
ナサレテ キタ
コンヨノ
オハリ
ウコク ノカ
ハタラク ノカ
シルシノ
アルハツノ
モノテ アルナラハ
トフ ヒツヨウ ナト
ナヒ ハツ
テ アル


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通信-08年1月14日 
Thursday, January 17, 2008, 13:21
(2008.1.14 pm0:42受)
 
マガタマノタマ
アメ アラレ
アラレフルラシ トヤマナリ
イキ シホ ノ
シ ホ
ウツシタマヘル
ワク ムスヒ
ウキヨニサリヌ
ヘンレイ ノ ギ
トホカミ エミ(ヒ?)タメ

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通信-08年1月11日 
Friday, January 11, 2008, 14:52
(2008.1.11 am11:45受)
 
自らの怒りを制御できぬものは
自らの怒りにより
ほろぼされるであろう
冷静であり続けなければ
ならない理由とは
何ですか
売られたケンカを買うにしろ
買い方、というものが
あるはずです
相手と おなじレベルで
たたかっては
いませんか
相手は自分の土壌に
引き込み 自分のたたかい
やすい状況において
有利な条件で
ものごとを押し進めようとする
その状況を 外から見なさい
と、いっているのです
投げつけたボールは
そのちからと均衡して
おなじちからで かえってくる
もしくは その人間の おもいが
乗って 重たい状態で
かえってくる
そのキャッチボールを続けることで
全体構造が 見えなくなっては
いませんか
じぶんが疲弊し、あいても疲弊する
悪循環とは そうやって
生み出される ものです
はやく 気付けば
事態は深刻にはならずに
済むでしょう
ケンカをし 叩きつぶすという
手段は 何を叩くのかが
問われます
その人間存在そのものを
抹殺したくなる衝動に
ひとは みな かられます
よく 見てください
見間違えては なりません
ならば改善をせざるを得ない
あるいは しなければ解決が
できない部分が何であるのかを
的確に判断をし、どのような
対処方法が ひととして
正しい選択なのかを
問うのです
一部分の しみのようなものが
気になりだすと
その しみばかりが気になります
全体を見なさい
全体を見るのです
もしかすると 気付かなかった
別のところに 違うしみが
あるのかも しれない
クモの巣の ある部分で とらわれ
身動きのできないものは
巣の全体構造を
見ることが できない
その理屈を 既に
理解している はずです
窮地に陥ると
問題点を 踏み潰して
しまいたい衝動に かられる
多くの人間が そうやって
他者の非を指摘して
自らの正当性を主張しては
平気で 生け贄を差し出して
いることに 気付かない
いつになったら気付くのか
いつになったら
正しき人間の方向性
というものに 気が 付くのか
この時代というものを
終らせるために
あなたがたは 存在しているのでは
ないのですか
いつになったら あなたがたは
目を覚ますのでしょう
子宮のなかで目を閉じたまま
じっとしていたいのであれば
するがよい
自らが ひととしての進化の方向性
というものを 放棄したものに
未来というものは存在しない
ということを
お伝えしなければならない
時期が来ているのかもしれません
あなたの内なるものの
あり方が問われていることに
そろそろ気付いてもよいころです
時間は あるものだとの
錯覚を されているようですが
残念ながら 今の世が
最後のチャンスであることを
お伝えしなければ ならない
時間は 可能な限り 最低限しか
残されては いないのです
くり返しますが 時間はありません
それを自らの内なるものに
問うてみて ください

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通信-08年1月5日 
Monday, January 7, 2008, 12:57
(2008.1.5 pm1受)
 
“ちゃんと感謝をしながら、
きちんと自分の意志表明を、
しなさい。”
それが、正しく
たたかう、ということだ。

あなたに与えられた
任務が、何なのか
わかりましたか
長くつづいた
呪バクを、断ち切る
やくめ、を負うことです
苦難のなかで闘っているのは
あなただけでは
ありません
つらく、苛酷な状況のなかで
それでも一歩、足を前に
踏み出すために、
いつか、その長く続いた
苦しみを終わらせるために
あなたはつかわされたのでは
ないのか
だれも楽しく快適な生活を
送っているわけでは
ないはずです
なぜなら、正しい目的のために
からだを持って はたらくことを
刻印された たましいが
あなたの中心にあるはず
だからです
なすべきことが何なのか、
わかりましたか
あなたが 正しく
はたらくために
あるいは、たたかうために、
つかわされたものであると
いうことに 気が付きましたか
自らの 生の意味というものに
どのような意志が刻印
されているのかを
理解することが できましたか
状況は そのつど変わります
こうであるに違いない
という、こり固まった 思い込みに
依存することなく
たえず、状況判断をし、
柔軟に、かつ、的確に行動
することが求められます
あなたが、なぜ、今の世に
つかわされることになったのかを
考えてみてください
すくなくとも
やらなければ ならないことが
あるような気がして
エントリーをしてきたのでは
ないのですか
それは あなたの潜在意識
という領域からの指示の
ようなもの なのかも
しれません
が、その はたらきかけを
するものが 何なのかを、
いちど 考えてみる 必要が
あるのかも しれません
すくなくとも、多者(他者?)の言いなりになって、
言われた通りに 生きることが
あなたの使命では
ないはずです、それは、あなたの
なかの何ものかが 知っている
はずのことです
あなたは ちっとも役に
立たない ノウナシのように
思っているかも しれないけれど
破滅的な環境下の中で
あなたがつかわされ
なすべきことをなすために
あなたが 存在していることを
そろそろ 知ってもよい頃です
あなたの おこないは
逐一 報告が
なされています
どのように こころが動かされ
どのように対処をしようと
したのかも
吹き飛ばされそうな暴風に
くじけそうになりながら
必死に 正義を問うことの
その意志 というものが
あなたの生きる基となる
ものです

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通信-08年1月2日 
Friday, January 4, 2008, 17:58
(2008.1.2 pm1受)
 
お金のために自分のたましいを
売った人間は、たましいのない、
身体が留守の状況の存在に、
なる。
その、空っぽになってしまった、からだに、
住み家を得たかのように居座るものが
何なのか、
生きているひとの、思いのかたまりや、
既に、この世の生を終えたものの、
消えることのない思いのかたまり。
それらの目には見えることのない
ある種のエネルギーに、
自らの意識や身体の領域を
占領されてしまっていることに
気付くものは少ない
まるで多重人格者のように瞬時に
人格が入れ替わる
他者に対して攻撃的になる
それらは、
本来あるべき姿としての、ひととしての
正しい姿であると、いえるのか
存在すべきではないものに支配された
そのかたちが、危機的信号を発していることに
気付くものは少ない
自分自身の存在を乗っ取られないためには、
浄化力を高めるしか方法は、ない
あるいは、自らのたましいの存在のあり方を、
認識するしか方法は、ない
もしくは、どのようなエネルギーの
影響を受けているのかを、自らが認識し、
処理する方法を自らが見つけ出すしかない。
様々なタイプのエネルギーを受けたその存在は、
明らかに、わかるカタチで
表へと顕れることになる。
からだに顕れるか、あるいは意識に
顕れるか。
他者からの闇のエネルギーを
まともに受け続けた人間は、
わかりやすいカタチで病気となり顕れるか、
もしくは処理することが出来ずに
うつ状態になり、心身を病むことになるのか、
たまり続けた、その闇のエネルギーは、
限界値を超えると、
逆流をし、おう吐をするように、
自分より、より低い立場のもの、
自分より、より小さなものへと
吐き出されることになる。
自らが汚染され、さらに、自分より
下のものへと汚染を、する。
その責任は、自らが取らされることに、
なる。
見えぬフリ、聞こえぬフリを
するのも結構だが、
たましいは、下へ落ちるか、上へ上がるかの、
2つしか選択肢は与えられてはいない。
その事実を知らなければならない。
どちらへ向かうのかは
自らが決めなければならない
からである。

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